健気ないちご農家が男と出会ってから4年の歳月が過ぎた。
今年もまたいちご農家は男にいちごを渡そうと彼のもとへ向かった。
ところが。
男の家に近づくにつれ、頭がくらくらするような甘いにおいがした。
いちご農家は男にいちごを渡そうと男の姿を探した。
男は…
目の焦点が定まらぬままだらりと横たわっていた。
微笑んでいるようにも見えたがその目からは生をまるで感じられなかった。
あぁなんて幸せなんだ…
いちごオレは毎日同じ甘さを僕に与えてくれる。
あぁなんて幸せなんだ…
いちごジャムはいつ食べても酸っぱくはない。
あぁ…
それにこのいちごのチョコレート…
食べても食べてもまだ甘い。
この甘さは手放せない。
男のそばにはいちごオレが空になった紙パックやいちごジャムの瓶、いちごのチョコレートの空箱が散らばっていた。
いちご?
いちごなどは冬から春にかけてしか食べられない。
しかもいちごはときどき酸っぱい。
かたちが悪いときもある。
あんなものは僕には必要ない。
いつでも完全な甘さだけを僕は欲している。
わたしのせいだ…
いちご農家は直感的にそう思った。
わたしが彼に少しでも早くいちごを食べてほしいと願ったからこんなことになったのだ。
わたしが彼に今すぐにでもいちごの魅力を知ってほしいと願ったからこんなことになったのだ。
いちご農家は渡そうと思っていたいちごを渡さぬままその場を去った。
いちご農家は己の罪を母親に告白した。
わたしが彼を否定したのだ。
わたしは彼にいちごを押し付けた。
わたしは彼にどうしてもいちごの魅力を知ってほしかった。
彼はいちごオレを飲んでいるとき、目が笑っていない。
彼はいちごジャムを食べているとき、貪るように食べるだけでゆっくり味わうことがない。
でも。
そんな彼もわたしのいちごを食べたらきっと心から笑顔になってくれるだろうと思った。
わたしは彼の本当の笑顔が見たかった。
彼はきっと美しいひとだ。
母親はたずねた。
なぜ彼に笑顔になってほしかったの?
なぜ彼が美しいひとだと思うの?
いちご農家はその問いに答えることができなかった。
おそらくいちご農家は男に恋をしてしまったのだろう。
母親はそう思いながらも黙っていた。
いちご農家の恋が実らずに終わってから3年の月日が経った。
いちご農家はまだあの男が忘れられない。
わたしは彼の本当の笑顔が見たかった。
でもそれはもう叶うことはないだろう。
ではせめていつかどこかで笑っていてほしい。
そのためにわたしができることはなんだろうか。
健気ないちご農家はいちごを育てながらも、自分のいちごが酸っぱくて食べられない子どもたちのことを思い出していた。
かつてのいちご農家は、この子どもたちも大きくなればきっといちごの酸っぱさも受け入れられるだろうと安易に考えていた。
でも今は少し考えが変わった。
酸っぱくて食べられないいちごを楽しめるものも作りたい。
いちご農家の試行錯誤が始まった。
翌年、いちご農家は改良に改良を重ね、いちご牛乳
を作った。
このいちご牛乳は、甘いいちごと酸っぱいいちごを同じ量だけ混ぜ合わせて、そこに少しの砂糖と新鮮な牛乳を入れたものだ。
またこのいちご牛乳は一年中楽しむことができるよう、いちご牛乳専用の保存倉庫も用意した。
このいちご牛乳はいちごのとなりに並べておこうといちご農家は考えている。
いちご農家は先ほど出来上がったばかりのいちご牛乳を瓶にいれた。
そして「いちご農家印のいちご牛乳」というラベルを瓶に丁寧に貼った。
「いちご農家印のいちご牛乳」は多くの人たちに愛された。
小さな子どもも喜んで飲んだ。
いちご農家はほっとした。
わたしが彼にしてしまった過ちが許されるわけではない。
けれどいつか彼にもこのいちご牛乳を飲んでほしい。
お詫びと幸せを願う気持ちも静かに届けられたらいいのに。
そう思いながら今日もいちご農家はいちごを育てる。