ものくろのじかん

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健気ないちご農家とその母親のはなし

 

健気ないちご農家はいちごの本当の魅力を伝えたくて、毎日毎日すべきことをこつこつとこなしていた。

 

いちご農家のいちごはたまに酸っぱいこともある。

不恰好で商品にならないと馬鹿にされることもある。

 

 

でも。

 

 

いちご農家はそれでよかった。

だれかにいちごの良さが伝わればそれでよかった。

おいしいと言っていちごを食べてくれる人がいるだけでよかった。

 

 

 

そんなある日。

 

 

 

いちご農家は、いちごの酸っぱさを毛嫌いし、いちごオレやいちごジャムばかりを好む男に出会った。

 

 

男は言った。

 

 

いちごは甘いのがいい。

酸っぱいのはだめだ。

いちごはいつもいつもおいしいわけではない。

そんなのはいやだ。

僕はいつも甘くておいしいものが食べたい。

だからいちごではなくていちごオレといちごジャムが好きだ。

 

 

いちご農家は思った。

 

 

たまに酸っぱいいちごもあるからそれゆえにいちごは魅力的なのだ。

大切に育てていても上手く育たないときがあるからこそ、いちご農家を生涯の生業にしたいと思うのだ。

 

 

 

いちご農家はその男にいちごの魅力を知ってほしいと願ってしまった。

 

 

 

翌年、いちご農家はその男に心を込めて育てたいちごを渡した。

その男は不恰好ないちごを食べずに残した。

 

 

さらにその翌年、いちご農家はまたその男に心を込めて育てたいちごを渡した。

その男は酸っぱいいちごをひとくちだけ食べて険しい顔をしながらやっぱりいちごオレがいいと言った。

 

 

さらにその翌年、いちご農家はまたその男に心を込めて育てたいちごを渡した。

この年はあまり天候に恵まれなかった。

 

 

男は言った。

 

 

だからいちごは苦手なんだ。

 

全てのいちごが甘ければいいのに。

酸っぱいいちごもあるからいちごはきらいだ。

 

全てのいちごが赤くて小さければいいのに。

大きくて不恰好ないちごもあるからいちごはきらいだ。

 

 

男はいちご農家の目の前でいちごを捨てた。

 

 

 

いちご農家は来年こそはその男にいちごの良さが伝わってほしいと願った。

 

 

 

いちご農家の母は言った。

 

 

 

そんな男にいちごをあげる必要などない。

あなたのいちごが悪いのではない。

その男の舌が鈍っているのだ。

 

 

 

いちご農家は答えた。

 

 

 

彼もいつかいちごの魅力に気づいてくれるはずだ。

わたしはいちごオレやいちごジャムもおいしいと思う。

でもいちごの良さがわかればいちごオレやいちごジャムの良さがより一層感じられるはずだ。

いちごオレやいちごジャムが好きな彼ならば、いちごの魅力にもいつかきっと気づいてくれる。

 

 

いちご農家の母は涙ながらに訴えた。

 

 

そんな男にいちごをあげる必要はない。

あなたのいちごが否定されたと知るとき、お母さんは心が苦しくなる。

あなたのいちごが捨てられたと知るとき、お母さんは不幸せな気持ちになる。

 

もしもずっとあなたのいちごをおいしくないとその男が言い続けたら、お母さんは気がおかしくなりそうだ。

 

あのとき何度も何度もあの男にいちごをあげるのはやめろと言ったのに。

馬鹿な真似はやめろと言ったのに。

 

 

いちご農家は微笑みながら言った。

 

 

それでもお母さんはわたしのいちごをおいしいおいしいと言って食べてくれるでしょう?

それでもお母さんはわたしのいちごをずっとずっと好きでいてくれるでしょう?

 

ならばそれでいい。

 

いつかわたしがあの男に絶望していちごを渡せなくなったそのときも、お母さんがわたしのいちごを食べてくれればそれでわたしは十分幸せなのだ。

 

 

母親は言った。

 

 

お母さんはあなたのことを愚かな娘だと心の中で思い続けながらあなたのいちごを食べるのか。

お母さんはあなたのことを心の中で否定しながらあなたのいちごを食べるのか。

それは母親のあるべき姿なのだろうか。

 

 

 

母親はいちご農家を心から愛している。

でもいちご農家が自ら心に傷を負うような意思決定をすることがどうしても理解できなかった。

それでも母親はいちご農家とそのいちごを生涯愛するだろう。

 

 

 

いちご農家は言った。

 

 

それはとても幸せなことだ。

わたしが愚かな選択をし、酸っぱいいちごを食べてもらえず、不恰好ないちごを目の前で捨てられたとしても、お母さんはわたしのいちごを毎年毎年おいしいねと言って食べてくれる。

これ以上何も望むことはない。

 

 

母親は泣いた。

 

 

お母さんはあなたを心から愛しながらいちごを食べ続けていたい。

あなたに対するわずかな歪んだ感情すら持ちたくはない。

お母さんはあなたを本当に心から大切に思っている。

 

でも。

 

あなたがその男にいちごを渡すたびにもうそんな男にいちごをあげるのはやめろと怒り狂ってしまうだろう。

あなたがその男に絶望したときはなんて愚かな娘なんだと思うだろう。

わたしは母親としての勤めを果たせない。

 

 

いちご農家は言った。

 

 

それでいい。

愚かな娘だと思いながらも、わたしのいちごをおいしいと言って食べてくれればそれでいい。

何度も忠告を無視した愚かな娘だと思いながらも、わたしのいちごを死ぬまで食べ続けてくれればそれ以上何も望むことはない。

 

 

母親は泣くことしかできなかった。

 

 

いちご農家には母親の心の痛みがわからない。

いちご農家はなんて親不孝な娘なんだと自分を責めた。